軋む妄言茶屋

無力なオタクのたわごとが読めるのは三千年紀だけ

ホームレスから千円で穴を買った話

先日、友人の猫本クンと赤羽で遊んだのだが、駅近くのコンビニ前に廃材で電話ボックス大のスペースを陣取っているホームレスのおっさんが、「穴売るよ、穴売るよ」としゃがれ声を張っていた。

なんだホモの浮浪者かと思って僕は素通りしようとしたのだが、気づいたら危機感のネジが外れている猫本クンが彼に近づいていた。

手招きする猫本クンにため息をつくと、「穴千円だよ、穴千円だよ」とおっさんが言う。

猫本クンが面白がって僕に穴を買わせようとしたので、本気で怒って殴りかかったのだが、Tシャツにプリントされたでじこを突き出して人質を取ったつもりになった猫本クンを見て、もう呆れてしまった。

見れば、おっさんは左手でOKサインを作っている。ずっとそのOKサインを保っていたのだろうか、わからないが、それよりも僕はその伸びきった爪の先が割れているのが気になった。

諦めて千円を差し出すと、おっさんはすぐさまひったくって、代わりに左手を突き出してくる。

「はい、穴」

と言われても、穴ってどれだよという感じなのだが、しばらく考えて、もしかして彼は、彼の手が作るOKサインの『穴』を売り物にしているのか? と思い当たった。

猫本クンも同じような結論に至ったらしく、どうしたものかと二人で暫時見合う。この公衆の面前でチンポを晒して彼の指がなす『穴』に突き刺すのが正解なのだろうか、と一瞬考えたが、どうもおっさんの早く受け取ってくれと言わんばかりの急かした表情を見るかぎり性的な商売ではないらしい。

僕は機転を利かせて、おっさんの『穴』にまず右手の親指を通し、その上で僕もOKサインを作る。手と手で鎖を作ったと言えばいいのだろうか。

気がつくとおっさんは目の前から消えていて、コンビニでおでん(たまご1個のみ、汁多め、からしを2パック貰っていた)を買っていた。どうやら『穴』の受け渡しは完了したらしい。二人して右手の輪を怪訝に眺めた。

 

その後、僕はだんだんとあの浮浪者に腹が立ってきて、何が何でもこの右手の穴を維持してやることにした。固定するものがないかと聞くと猫本クンが財布からコンドームを出してくれたので、そいつで親指と人差し指を縛ってもらった。高校時代に入れたっきり使い所が無かったらしい。

箸を使えそうもないので──僕は右利きなのだ──昼飯はカレー屋に行った。ゲーセンでポップンくらいならなんとか出来たし、改札もやりづらいが左手でICカードをかざした。

何回か危ない場面もあった(酔っ払いに追い回されたり)が、猫本クンや左手を使ってどうにか一日右手の『穴』を保持して家までたどり着けた。

すると余裕も出てくるもので、晩飯なんか器用に親指の筋肉で箸を動かしてラーメンを食ったりなんてした。

深夜になってふと魔剤が飲みたくなった僕は、210円だけ持って、寝間着の上に防寒着を着込み家から近い自動販売機まで歩いた。

利き手でないほうで小銭を扱うのはそこそこ難度の高いことである。2枚硬貨を入れることには成功したが、3枚目が上手い角度で硬貨口に当たらず落としてしまった。

屈んで……僕は急に馬鹿らしくなった。ポケットに突っ込んでいた右手を出して、くたびれたコンドームをほどく。一日同じ形を保っていた指を動かすと小さな関節がポキポキと音を立てた。

もう一度屈んで、右手で百円玉を摘もうとする。親指と人差し指。自販機の光を少しだけ反射する銀色に指先が触れようとしたとき、不意に勢い余って硬貨の上をただ指は滑った。もう一度百円硬貨を拾い上げようとするが、またしても指は滑る。むきになって幾度となく試すが、何度やっても同じことだった。

どうやら一度手放した『穴』をもう一度作るのはルール違反らしい。千円を払って損ばかりした。